「拡大」こそが正義だと思っていた

祖父が創業した羽田野建設は、もともと地域の住宅を手がける小さな工務店だった。二代目である父の代でゼネコンとの取引を拡大し、修一氏が継いだ十数年前には年商十数億円規模にまで成長していた。

「継いだ当初は、とにかく規模を大きくすることしか考えていませんでした。売上が伸びれば会社は強くなる。単純にそう信じていたんです」。修一氏は当時をそう振り返る。積極的な受注拡大と多角化により、会社は数年で売上を倍増させた。

現場で作業する職人たち
拡大期の現場では、外注比率が急激に高まっていったという(イメージ)

しかし急拡大の裏で、品質のばらつきや協力会社との関係悪化といった歪みが表面化し始める。売上は伸びているのに、現場からは疲弊の声が上がる。修一氏はその矛盾に、経営者として向き合わざるを得なくなった。

数字を追うほど、現場から人がいなくなっていく。それに気づいたとき、自分は何のために会社を継いだのかを問い直しました。

祖業に立ち返るという決断

転機になったのは、祖父の代から付き合いのある協力会社の廃業だった。「安い方に流れる会社」という評判が、いつの間にか社内に根付いていたことを知った修一氏は、拡大路線からの転換を決意する。

新規受注のペースを落とし、既存の協力会社との関係再構築に経営資源を集中。単価よりも、長期的な信頼関係を軸にした取引方針へと大きく舵を切った。売上は一時的に落ち込んだが、離職率は大きく改善し、現場の事故件数はゼロが続いているという。

「信頼で稼ぐ」という経営の流儀

「利益は、信頼の後からついてくる。祖父がやっていたのは、結局そういう商売だったんだと今なら分かります」。売上規模を追う経営から、関係の質を追う経営へ。羽田野建設は今、その両立を模索する新しいフェーズに入っている。

取材の最後、修一氏はこう語った。「派手さはなくていい。50年後も、この地域の誰かが困ったときに頼れる会社でありたい。それだけです」。