野球少年が味わった、最初の挫折

「関係をずっと続けていくためには、自分が片思いでも愛を送り続けるかなと思うんですよね。振られてでも」

大阪府寝屋川市に根差す電気工事会社、株式会社ハイリード。社長の新谷正剛さんは、自らを「ウルトラポジティブ」と笑う。趣味は釣り。経営者仲間と前日から出かけ、朝4時でも竿を持って飛び出していく。「年寄りなんで、朝は早いでね」。取材の間も冗談を交えながら、気さくに言葉を重ねていく。

一方で、じっとしているのは大の苦手だ。移動の車や電車で何もできない時間が「めっちゃ嫌い」。YouTubeを見て過ごせる人を見ると、「幸せやな」と思ってしまうという。

だが、その明るさの根には、決して平坦ではない道のりがある。

野球しかない少年時代だった。夢はプロ野球選手。一方で、父は土木会社を営んでいた。長男だった新谷さんは高校を中退し、プロの夢も諦めて、父の後を継ごうと家業に入る。しかし、社会に出たこともないまま立ったのは、重機が動く土木の現場。慣れない仕事に、周りの従業員からのプレッシャーも重なった。

「すごく挫折感というか。それで、挫折して僕は辞めたんですよ」

家業は今、姉が継いでいる。

「父親の後を継がなかったっていうのが、正直なところ罪悪感というか。それを持ちながら、今でもやってるかなっていうところです」

行き場をなくした新谷さんを電気の世界へ導いたのは、電気屋をしていた幼馴染の同級生だった。仕事がなくなった時の「バイト行くわ」の一言。それが、今に続く道の始まりだった。

中卒の自分に、チャンスをくれた

職人として10年。転機は突然訪れた。勤めていた会社で、現場の段取りを取り仕切っていた「大番頭」が、がんで倒れたのだ。急遽その役目を任されたのが新谷さんだった。

番頭は、現場の職人とはまったく別の仕事だ。見積もりのための積算、図面の作成、お客様との細かな打ち合わせ。電気の知識に加えて、段取りと人と向き合う力が問われる。

年間の休みは5日、週に3日は徹夜。CADもメールもない時代。図面は鉛筆で手描きし、青焼きでコピーして現場へ届けた。「超ブラックやったけど」と振り返りながらも、その声に恨みはない。

「専門学校とか大学とか工業高校とか行って、やらせてもらえる仕事ですよ。それを中卒の僕にもチャンスをくれた。その嬉しさのほうが勝ってたんで」
身振りを交えて番頭時代を語る
身振りを交えて番頭時代を語る

学歴で扉が閉ざされる悔しさを知っているからこそ、資格の勉強に挑む人の話を聞けば、迷わずこう背中を押す。「俺の中卒でも取れてんねんから、取れるよ」

いくつかの会社を渡り歩く中で、胸に刻んだ言葉もある。「俺ん家ちゃうもん、っていうやり方するな」。給料が出たり出なかったりする社長のもとでも、共に現場を守る仲間がいた。

ダメなところを見るのも、考え方の違う人を見るのも、一つの学びだった。

「一つ一つに、ずれてるとこはないんかなって。必然にあんねんなって思うんです」

そして、勤めていた会社が倒産する。給料が3万円の月もあった。そんな中、協力会社や仲間たちは新谷さんを頼ってきた。

「自分がやりたいっていうより、やらなあかんかった」

倒産した会社が他の業者に残した負債も、「絶対返さなあかん」と背負った。それが、ハイリードの始まりだ。

そして今では、息子もハイリードの現場に立つ。夕暮れの点灯式で、建物の明かりが一斉につく瞬間。かつて上司から教わったその感動を、今度は新谷さんが息子や若い職人たちに伝えている。

片思いでも、愛を送り続ける

「僕は人好きやから」。新谷さんの口から何度も出てくるのが「仲間」という言葉だ。しかし、人を大切にすることは、別れの痛みと隣り合わせでもある。会社を続けていれば、去っていく人もいる。

「めっちゃムカつくで。腹立って寝られへん時もめっちゃある。でも、必死に、なんでこいつが辞めたかっていう理由を突き止めようとするんです」
「人好きやから」と語る新谷社長
「人好きやから」と語る新谷社長

周りは「そういう人は、どこへ行っても同じことをする」と慰める。それでも新谷さんは、自分の接し方に原因を探し、そのたびに学びに変えてきた。マイナスに考えても仕方がない。それが新谷さんの流儀だ。

「俺なんか何もないから、みんなにあやかるだけやから」

そう謙遜するが、新谷さんの周りにはいつも人がいる。数々の事業を立ち上げてきた秋山さんとは「死ぬまでずっと仲間やな」と言い合う仲だ。社名の「ハイ」も、トップを意味する「High」ではない。ハイブリッドの「HY」だ。一人では何もできないから、いろんな人の力を掛け合わせて業界をリードしていく。その思いを名前に込めた。

挫折も、徹夜の日々も、倒産も。そのすべてを経て新谷さんがたどり着いた答えは、驚くほどシンプルだ。

「これだけは譲れへんのは、ほんまに愛だけですよね」

振られても、愛を送り続ける。その覚悟が、今日も新谷さんのもとに仲間を集めている。