誰も気づかない「当たり前」をつくる仕事
「普通の人が5年でできたことを、別に8年かかってもいいやんっていうのが僕のスタイルなんですよ。その3年に何があるかって言ったら、やっぱり愛やと思うんです」
新しい校舎の教室に入り、照明のスイッチを押す。電気がつく。それを見て「すごい」と声を上げる人はいない。コンセントに掃除機を挿して動いたからといって、喜ぶ人もいない。電気工事は、うまくいって当たり前の仕事だ。
大阪府寝屋川市に根差す株式会社ハイリードは、その「当たり前」をつくる電気工事会社である。一般住宅から、1件3,000万円を超える大規模な現場まで。社長の新谷正剛さんが掲げるビジョンは「自慢できる会社を作る」。自慢できる仕事、自慢できる仲間、自慢できる会社、そして自慢できる自分。
「そうなったら、むちゃくちゃ良くないですか」
そう笑う新谷さんが、経営においてただ一つ譲れないものとして挙げたのが「愛」だった。誰にも気づかれない仕事に、なぜ愛を注ぐのか。その答えは、会社の成り立ちから、人の育て方、働き方にまで貫かれている。
倒産から生まれた、「絶対に潰れない会社」
ハイリードの始まりは、新谷さんが勤めていた会社の倒産だった。職人として10年、番頭として現場を支えてきた会社が潰れ、給料が3万円の月もあった。途方に暮れる中、協力会社や仲間たちが新谷さんを頼ってきた。
「自分がやりたいっていうより、やらなあかんかった」
倒産した会社が残した他の業者への負債も、「絶対返さなあかん」と引き受けた。人を裏切らない。その覚悟から、会社はスタートした。
だからこそ、新谷さんの掲げる使命には迷いがない。
「当たり前の生活が、当たり前じゃなくなる怖さを知ってるんで。だから、絶対潰れない強い会社を作る。それが僕らの理念につながってると思ってます」
その理念は、「最高の笑顔・技術・サービスを提供し、百年先の未来を照らす」。社名にも、同じ思いが込められている。ハイリードの「ハイ」は、トップを意味する「High」ではない。ハイブリッドの「HY」だ。
「僕ら一人ではできないから。いろんな人らの力を掛け合わせて、この業界を先導していくっていう意味なんです」
目に見えないところに、愛を込める
「正直ね、コンセントつける、電気つけるって、適当につけても電気つくし、ちゃんとやろうと思っても電気つくんですよ」
だからこそ、差がつくのは目に見えないところだ。そこに暮らし、働く人が不便なく過ごせるか。どこに何が必要かを考え抜き、「当たり前のことを当たり前にできる環境」を提案する。それが、新谷さんの考える電気屋の仕事だ。現場から「今日で終わりました」と写真が届いても、雑な仕事があれば「明日直してこい」と伝える。
「お金をもらうっていうことって、そういうことやろって思うんで」
新谷さんがスタッフに繰り返し伝えていることがある。電気工事は、建物全体から見ればほんの一部の仕事かもしれない。それでも、家を建てる人にとっては人生をかけた買い物だということだ。
「お客さんにとっては一生の買い物なんですよ。僕らがやるって言うた以上は、ほんまに必要なものをちゃんとやってあげて、提案してあげる」
その上で、追加の要望があれば「これは純然たる追加です」と堂々と伝えられるようにする。誠実さと商売を両立させる、新谷さんなりの筋の通し方だ。大手と同じことをしていては、大手に負ける。小さな会社が生き残るための差別化は何か。その問いへの答えも明快だった。
「僕らができることって何やって言ったら、やっぱ愛じゃないのって。お客さんに近づいて、建物を完成させる」
その姿勢は、工事が終わった後にも表れる。ハイリードは、取り付けた器具や保証書、機器の図面、試験結果、工事写真、取扱説明書をキングファイル一冊にまとめ、紙で手渡している。
「僕ら電気屋やから。停電した時に、データやったら開かれへんかったら意味ないやんって」
何かが壊れた時、どんな器具が付いていたかがすぐに分かる。この一冊が、取引先から評価される強みになっている。
報われる瞬間もある。協力会社と共に工事を終え、夕方の真っ暗な中で行う点灯式。建物の明かりが一斉についた時の達成感を、新谷さんはかつて上司から教わり、今は若い職人たちに伝えている。
「友達や彼女と通った時に、『これ、僕がやってんや』って自慢するじゃないですか。小さなことかもわからんけど、それが僕らの重大な喜びかなって」
8年かかってもいい。人を育てるということ
器用な人と不器用な人、地頭の良し悪し。その差は正直ある、と新谷さんは認める。それでも、覚えるのが遅いことを責めはしない。
「5年で勝負をつけるんじゃなくて、10年20年、この先の自分の在り方っていうのを教えるのが、経営者の役割かなって僕は思います」
「独立したい」という人も歓迎する。これまでに3人ほどが巣立ったが、資格の費用は会社が負担し、独立後は協力会社として共に働いている。ただし、その難しさも伝える。職人の世界には礼儀があり、元請けを飛び越えて仕事を取るのは御法度。継続的に仕事が入る母体を自分で作り、金額を交渉し、人を集める。「全てが人間関係やと思う」。
「できるようになってきたら、欲が出る。その欲はいいことやねん。その欲を、どこに向けさせてあげるのかが僕らの役目かなって」
少人数の会社だからこそ、一人ひとりに目が届く。どんな夢を持って働いているのかを聞き、スタッフが失恋したと噂に聞けば「飯食いに行こか」と声をかける。新谷さんはスタッフとの関係を「家族みたい」と表す。
会社は今、協力会社に頼っていた施工を自社中心へと切り替えつつある。自社でやれば利益が出て、そのぶんスタッフに給料を払ってあげられるからだ。20人規模を基本に据え、採用のホームページも一新した。
「今回は正直、ブルーカラーが注目されてるっていうのもあったし、いっぺんちゃんとやろうかなと思って」
発信にも力を入れ始めた。10月からは、若手を中心にTikTokにも挑戦する。実は建設業界には、SNSへの投稿すらためらう会社が少なくない。
「高校生とか中学生でもできるのに、案外電気の職人さんはできへんのですよ。イケイケに見えるけど、案外保守的なんです」
だからこそ、まずは自分たちから。スタッフ紹介の撮影を照れて嫌がる若手もいるというが、それも含めて等身大の姿を見せていく。ブルーカラーの仕事が見直されている今、現場の魅力を自分たちの言葉で届けていく。
しんどい仕事だからこそ、全力で楽しむ
「仕事って、人生で一番多い時間じゃないですか。家族と会うより長い時間やから。しんどいし、汚いことやし。だからこそ楽しんでやらなあかんと思うんです」
事務所ではバーベキューをすることもある。作業着はシーズンごとに若手に選ばせる。映画『THE FIRST SLAM DUNK』が公開された時は、「この映画には、今の俺らに必要なものがある」と全員の仕事を切り上げさせて観に行かせ、感想を書かせた。方針に掲げるのは「圧倒的なチーム力」だ。
社員旅行は、恋人の同伴もOKにしている。
「辞めようかなって悩んだ時に、家族とか彼女、彼氏に相談するじゃないですか。その時に『あの会社いい会社やから、もうちょっと頑張ってみたら』って言うてくれるような。そういうのがあるだけで、プラスやなと思ってて。ずるいかもわかんないですね。ちょっと人たらし的な」
毎週月曜の朝には、十数年にわたって全員で地域のゴミ拾いを続けてきた。きっかけは、スタッフの「僕らにできる社会貢献って何ですか」という一言。自分たちの事務所も、地元も、汚いとは言われたくない。雨の日はやらない、現場が早い人は抜ける。無理のないルールだからこそ、続いてきた。
働き方も変えつつある。思い切って第2・第4土曜を休みにしたのに続き、今年は年間休日を124日に設定した。現場を止められない業界で、日曜を基本に、土曜は交代制で助け合って休む。
「できるかできないか分からないですけど、やってみないと何も始まらないじゃないですか」
業界の課題にも、新谷さんは率直だ。
「建設業の問題って、何するにも遅いんですよ」
働き方改革が叫ばれても、大手の現場は止まらない。それを受けるのは、1人や2人で営む電気屋だ。「現場が止まらんかったら、誰がどうやって休めんねんって話じゃないですか」。18歳でこの世界に入った頃から「職人も週休2日になる」と言われてきたが、今も実現していない。大手の下に小さな会社が連なり、安く請ける会社が必ず現れる。その叩き合いの中で、値段も働き方もなかなか変わらない。
中でも遅くまで働いているのが、見積もりや図面、打ち合わせを担う番頭だ。新谷さんが番頭になった頃は、CADもメールもなかった。図面は鉛筆で手描きし、青焼きでコピーして現場へ届けた。それがCADやメールに変わったように、AIもまた時代の変化だと捉えている。打ち合わせの議事録や工事写真の整理を、帰りの車の中で終わらせられたら、番頭の負担は大きく減る。ただし、線は明確に引いている。
「仕事を取ってからの信頼関係をどうやって守っていくか。建物の愛っていうか、そこは絶対、人間しかできへんことやなって」
AIで時間を生み出し、その分を人と向き合うことに使う。それが、新谷さんの描く未来だ。業界の大きな流れに、小さな会社から一石を投じる。
「寝屋川の小さな会社が、社会変えようって言うてるんですよ」
これから一緒に働く仲間へ
ハイリードが働き方や採用を見直すきっかけになったのは、息子の入社だった。かつては求人票に、将来性や夢のある言葉を並べていた。だが、息子が働く年齢になった時、ふと気づいたという。
「自分ほんま無責任なことめっちゃ言うてるなって。自分の息子を入れられへん会社は、求人したらあかんって思うんですよね。その子らは、人生託して来てくれてるわけやから」
面接で「将来何になりたいか」と聞いて、「何も考えてない」と返ってきてもいい。大切なのは、経験や器用さより、仕事にどう向き合うかだ。8年かかってもいい。その言葉どおり、ハイリードには焦らず一人前を目指せる環境があり、資格の取得も会社が後押しする。失敗は自分で気づいて直し、成長してほしい。けれど、困った時は正直に打ち明けてほしい。その両方を叶えるために、新谷さんが大事にしているのが「風通し」だ。
かつてITの時代には、建設業が「負け組」のように見られたこともあった。だが今、ブルーカラーの仕事が改めて見直されている。
「僕ら、絶対必要にされてんねんなって。電気屋さんにも職人さんにも、もっと誇りを持ってほしいなって思います」
自慢できる仕事、自慢できる仲間、自慢できる会社、そして自慢できる自分。誰にも気づかれない「当たり前」を、今日も愛を込めてつくる。その仕事に誇りを持てる仲間を、ハイリードは寝屋川の地で待っている。